組織内弁護士の研究材料―行動経済学を活かした法デザイン・立法活動への応用?

行動経済学の基礎を学ぶ出発

「nudge(ナッジ)」という言葉をご存知でしょうか。

私は、組織内弁護士としてホームシェアリングのルールメイキングに関与した際、法律学とネットワークモデルを研究する先生から「nudge(ナッジ)」という考え方を学びました。その後、深掘りする時間がありませんでしたが、2019年はその基礎的な考え方を習得したいと考えています。

2017年ノーベル経済学賞を受賞されたリチャード・セイラー教授が生み出したこの「ナッジ」という考えについてはこちらをご覧ください。

行動経済学を読む(有斐閣 書斎の窓の連載)

読者の方で『書籍の窓』(有斐閣)を定期購読されている方も多いことと存じます。書斎の窓に第1回〜第6回(最終回は2019年1月号)までの京都大学・依田高典教授の連載があったため、こちらに有益な部分をまとめます。

政策主張

A:個人の選択の自由を重視するリバタリアン(自由主義)

B:為政者が個人の選択の自由を制限してもよいとするパターナリズム(温情主義)

C:リバタリアン・パターナリズム

選択の自由を重視する近代経済学者の多くは、過剰な干渉にも繋がりかねないパターナリズムには疑問を呈する。近年、限定合理性という観点から、基本的には選択の自由を尊重しながら、場合によっては選択のデフォルト(初期値)に介入することが許容されるという新しい立場

依田高典「リバタリアン・パターナリズムが世界を変える(連載:行動経済学を読む 第6回)」(書斎の窓661号、有斐閣)55頁

C(リバタリアン・パターナリズム)の論客、キャス・サンスティーン教授(ハーバード大)

行動経済学では、人々の合理性は限定的であり、どの選択肢を選ぶかは、選択肢の与えられ方によって左右される。これを「フレーミング効果」と呼ぶ。例えば、確率50%で賞金がもらえると説明されるか、同じ確率で賞金がもらえないと説明されるかによって、内容は同じであるにもかかわらず、人々の選択の仕方が変わってくるのだ。選択が選択肢の与えられ方に依存する以上、為政者は、人々斧選択の自由を認めつつも、彼らが後悔しない選択肢を選ぶように選択肢の与え方を工夫すべきである。これがサンスティーンたちのいう「ナッジ」である。

同上55-56頁

深く学ぶための書籍チェックリスト

リチャード・セイラー、キャス・サンスティーン『実践 行動経済学』(日経BP社、2009年)

「ナッジ」とは、エコノには無視されるものの、ヒューマンの行動は大きく変えるあらゆる要素を意味する。

エコノは主にインセンティブに反応する。政府がキャンディーに課税すると、エコノはキャンディーを買う量を減らすが、選択肢を並べる順番のような「関係のない」要因には影響されない。

ヒューマンもインセンティブに反応するが、ナッジにも影響される。インセンティブとナッジを適切に配置することによって、人々の生活を向上させる能力が高まり、社会の重大な問題の多くを解決できるようになる。

しかも、すべての人の選択の自由を強く主張しながらそうできる。

依田・56−57頁
実践行動経済学21−22頁

イギリスでは2010年移行、内閣府の下に「行動洞察チーム」(通称ナッジ・ユニット)を組織した。

例えば、税金滞納者に税金を支払うように催促するために:

「イギリスの納税者のほとんど(90%以上)が税金を期限内に支払っている」「貴方はまだ納税していない少数派の1人です」

というメッセージを手紙で添えたところ、税金の納付率が5%以上も高まったという。

(略)

2014年現在、136カ国が公共政策に何らかの形で、行動科学的知見を活用しているという。

依田・57頁

キャス・サンスティーン『最悪のシナリオ―巨大リスクにどこまで備えるか』(みすず書房、2012年)

想定外という言葉がよく使われるようになったのは(略)日本大震災の以降だ。(略)人間は往々にして、想定外のリスクの完全な無視から過剰な反応へ、正反対な態度に一転しがちである。

サンスティーンは、どちらの極端な態度にも陥らず、費用対効果を考慮しながら、予防的なリスク削減措置を講じるべきだと主張した。人類は、今、テロや巨大災害など確率が見積もりにくい想定外の巨大リスク(サンスティーンは「キャットリスク」と呼ぶ)の脅威にさらされている(略)想定外に置いて安心するのではなく、予防措置の経済性を慎重に考慮しながら、リスクを低く抑える対策を取ることが重要である。

依田・57頁

サンスティーンは、危機における人間の弱さを徹底的に見つめ直しながら、その弱さを克服できる仕組みを作らなければならないと(略)述べている。専門家、行政、市民を含めた多様な人間が、忍耐と寛容をもって多様な意見を交換する「熟議による合意形成」が危機の領域の到達点となると述べる。

依田・58頁

キャス・サンスティーン『恐怖の法則―予防原則を超えて』(勁草書房、2015年)

サンスティーンは予防原則をさらに深く考察した。(略)なぜ完全な無視と過剰な反応にぶれてしまうのだろうか。サンスティーンは、人間が思い出せる事象を同じ頻度で起きるが思い出せない事象よりも、ずっと高い確率で評価するという「想起性バイアス」を持っているからだという。

依田・58−59頁
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キャス・サンスティーン他『賢い組織はみんなで決める―リーダーのための行動科学入門

本書で、サンスティーンは「デフォルトルール」を更に深く考察した。インターネットの発展で、個人情報を大規模に集めるプラットフォーム企業が登場している。そうした企業は、1人1人に対して、個別化したデフォルトルールを設定することが可能だ。そうした時代に、個別化したデフォルトルールが新たに問題を生みかねない。個別化したデフォルトルールは我々の選択のための学習を妨げてしまう。また、個別化したデフォルトルールが、個人のプライバシーを侵害する重大な懸念がある。しかしながら、個別化したデフォルトルールは好むと好まざるとにかかわらず益々利用されるだろうと、サンスティーンは予想する。

依田・59頁
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キャス・サンスティーン『選択しないという選択: ビッグデータで変わる「自由」のかたち

本書で、サンスティーンは、集団が個人の間違いを正すどころか、その間違いを増幅すると表明する。集団には、往々にして、最初に行動する人間に従うという「カスケード効果」が存在するからである。その結果、楽観的な集団は益々楽観的に、悲観的な集団は益々悲観的になったりする。

対策として、集団の少数が持っている答えを、他のメンバーも納得し受け入れることが必要だ。熟議を通じて集団内で情報を共有できれば、集団が革新的な問題解決法を発見できるとサスティーンはいう。

依田・59頁

[Discussion&Tip] 本稿から法務部門/組織内弁護士として「引き出し」に入りそうなテーマ

  1. 法務部門・公共政策部門に「行動経済学」の見地を持った者を雇用する
  2. 1はハードルが高い以上、対官公庁、対公共政策との関係で、組織内弁護士自らが行動経済学の基礎的知見を磨く
  3. 上記の書籍を1冊まずは購入または図書館で借りてみる。

(了)

※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。

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