キリン社の変化から学ぶ、法務部門の停滞の打破/予防

官僚的社風(法務部の部風)の停滞からの脱却

官僚的社風・部風(減点主義)は変化を排除し、前例踏襲主義となる

「法務部門が停滞しているように感じる。」「官僚的な組織風土になっている。」実は、企業の法務部門に入った若手組織内弁護士の抱える悩みは、割とその部門の風土を言い表す際に、的を射ていることが少なくない、と個人的に思います。

平時にこのような停滞からどのように脱却すればよいのか。1つは個人として起こすボトムアップの変化、1つはイベント(経営陣・管理職の交代)により生じるトップダウンの変化。

いずれも一長一短ありますが、将来有望な若手の方が偶然所属した組織の改革のために、ボトムアップで一人身を挺しても果たしてそれに応じた報いや感謝があるのかは強い疑問が残るところです。

キリン社のマーケティング外部招聘人事による改革成功

日本経済新聞に「キリンを変えたP&G流―破壊こそ再生への道」と題された記事が「経営の視点(編集委員:中村直文氏)」で掲載され話題になっています。

(キリンは)アサヒビールに水をあけられていたが、2018年は3年ぶりにビール類の販売が前年比で増える見込み。好調な主因は、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)からマーケティング担当者である山形光晴氏(42)を招き、従来のビジネス手法を破壊したことにある。

「着任したとき、(横軸と縦軸で商品のブランドポジションを考察する)四象限マトリックスを使っていたことに驚いた。あんなやり方、絶滅していたと思ったのに」と山形部長は振り返る。大手4社の決まったプレーヤーが寡占するビール業界。他社との違い、自社商品とのすみ分けなどメーカー目線のマーケティングが低迷の元凶と看破した。

「これまでは反対者が一人でもいると動きが止まった。リーダーは半分からは嫌われる仕事」(山形部長)

もちろんキリンホールディングスの磯崎功典社長、ビール社の布施孝之社長が支持したから改革は実現できた。

社内の講演にあえてライバルでもあるネスレ日本の高岡浩三社長を招いた。官僚的な社風は変わりつつある。

2018/12/31付 日本経済新聞 朝刊

なんだマーケティング部門の話なのね、で終わるべきではない、日本の法務部門に潜む問題点が眠っています。

法務部門を蝕む「変化しない」という最大のリスク

マーケティング部門を「法務部門」。P&Gから来た山形部長を「他業種・外資系から先端法務部門運営を持ち込んだexternal candidate(外部招聘幹部)」。など法務部門に起きた話として少し置き換えてみると記事に異なる風景が見えてきます。

それぞれ置き換えたとき、実は、法務部門の意思決定や手法が、山形氏が指摘したような「絶滅した四象限マトリックス」と同じ前時代の手法と指摘されるようなことはないでしょうか。移籍した会社のOS(Operating System)がアップデートされていないWindowsXPのままであれば、それは経営価値を最大化することは難しいはずです。

日本の法務部門の21世紀企業としての進化も、①現在の内部社員の積極的な外部交流による徹底した自社の伝統的法務アプローチの見直し、または、②①が期待できないのであれば外部に人材を求めてトップダウンで法務部門の風土を変えるのいずれかの道が示唆されます。

「破壊こそ再生の道」と言うは易く行うは難し

しかし、キリン社のマーケティング部門は、会社の価値の最大化を妨げるため、故意にこの伝統的手法を守り続けてきたわけではないと思います。

  1. この手法は当初は「成功体験」をもたらす当時の時代にあったOS(Operating System)であったことは見逃せません。
  2. キリン社ほどの超一流の企業、当然に社員の中でも、当然、他社のマーケティング部門との交流や勉強熱心な方は多いので、「このやり方はおかしい」と思う方が一定数いたはずと思われます。
  3. 問題は、経営環境の変化により、当然にアップデートされるべきOS(Operating System)が(山形部長から見ると)化石のような状態でただ踏襲されていたことです。そしてこの責任は、従来の裁量ある当該部門長はもとより、会社全体の社風であると思われ、究極的には、歴代の経営陣が「OS(Operating System)のUpdateを促すような」風土づくりを怠ってきた結果の延長であると思われ、これを部門にすべてを帰責させるのはやや安直です。

では、法務部門の部門長や中間管理職はどのようにして「OS(Operating System)のUpdateを促すような」風土を構築する義務を果たせるのでしょうか。近時の行動経済学にそのヒントが隠されている可能性があります。

行動経済学にヒント:キャス・サンスティーン教授(ハーバード大学ロースクール)によると「集団は個人の間違いを正すどころか、その間違いを増幅する」(カスケード効果)

私が、若手組織内弁護士の悩みや法務部門改革について考えていたとき、ちょうど、キャス・サンスティーン教授(ハーバード大学ロースクール)の『選択しないという選択: ビッグデータで変わる「自由」のかたち』という文献に出会いました。また、偶然、『書籍の窓(2019年1月号)』(有斐閣)で京都大学の依田高典教授の見事なSummaryがあったため、本欄で紹介いたします。

本書で、サンスティーンは、集団が個人の間違いを正すどころか、その間違いを増幅すると表明する。集団には、往々にして、最初に行動する人間に従うという「カスケード効果」が存在するからである。その結果、楽観的な集団は益々楽観的に、悲観的な集団は益々悲観的になったりする。

対策として、集団の少数が持っている答えを、他のメンバーも納得し受け入れることが必要だ。熟議を通じて集団内で情報を共有できれば、集団が革新的な問題解決法を発見できるとサスティーンはいう。

依田高典「リバタリアン・パターナリズムが世界を変える(連載:行動経済学を読む 第6回)」 詳細は:大学人・読書人のための雑誌 書斎の窓 2019.01月号(No.661)

[Discussion&Tip] 本稿から法務部門/組織内弁護士として「引き出し」に入りそうなテーマ

キリン社のマーケティング部門を変えたP&Gからの外部招聘人事を発展させて、自社法務部門を他社法務部門からみたときに「絶滅したやりかた」を続けていないかに視野を広げてきました。

正しい答えはありませんが、2つこの記事では、山形部長の行動に学び、早速取りかかれる2つの提案を記録します。

  1. 法務部門を伝統と経験と勘でマネージすることをやめる。
    1. 行動経済学の最新の知見を活用する。例えば、法務部門の役員や管理職が課題図書を決めて学習する。そうすると、少数者の声(法務部はおかしいという声)を拾いつつ、Operation Systemを常にUpdateするようにすることができるかもしれない。素材は、キャス・サンスティーン教授の『選択しないという選択: ビッグデータで変わる「自由」のかたち』が良い。
  2. キリンの山形部長の手法の1つ「ライバルの会社を社内や部門の講演会に招き視野を強制的に広げる」
    1. 筆者の知り合いのGeneral Counselは定期的に部門外・外部の弁護士や事業責任者を読んで、伝統的な法務部門の意識を変えようとしている

(了)

※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。

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