組織内弁護士の研究材料―パートナー機能拡大が求人ニーズ前年度比150%増の要因なのか

Executive Summary

本Noteでは、12月29日付日本経済新聞が報じた「法務人材のニーズの急増」に関して、「パートナー機能」の拡大を紹介する貴重な新聞記事として敬意を持って評価する一方で、「パートナー機能の拡大」や「新規事業」が法務人材ニーズ急増の主な要因と捉えるのは未だ早計であるとの考えを示します。

この文書の読了により、①法務人材ニーズの急増に関する日経記事の概要、②法務部門の求人増加の要因分析(日経説)への疑義、③考えられる真の要因(自説)、④経産省報告書を踏まえたパートナー機能の実装の課題、についてまとまった考えを得ることができます。これは、法律事務所所属か企業所属かを問わず、法務部内外での法務部の「役割論」に「求人ニーズの増加」という新しい背景を追加し、議論をもり立てることに資します。

追記:日系クライアントを多く抱える外資系法律事務所で働く同期の先生からインプットをいただいたので、補記で記載を追加しました。


法務人材ニーズが前年度比150%で急上昇との報道

29日付日本経済新聞は法務人材のニーズが高まっていることを報じました。

転職市場でかつて地味で目立たないとされた法務担当者に脚光が集まっている。民間調査では求人数は前年比1.5倍と急上昇している。経営環境の変化が速まるなか、契約書作成などの従来業務に代わり法的観点から経営戦略を立てるといった新たな仕事の需要が増えている。業務自動化でなくなると言われがちな管理部門だが、裏方から経営の前線へと仕事が変質する中で人手不足感が高まってきている。

2018/12/29付 日本経済新聞 朝刊

日本経済新聞の記事をご覧になって、法務ニーズが高まっていると安堵された方、逆に、報道内容に「違和感」をもった現役の法務部門・組織内弁護士の方もいらっしゃるのではないでしょうか。

私は違和感をもった方の法務部門の人間です。日経報道には、若手の組織内弁護士の視点からは、違和感を生じさせる2つの理由あると考えています。

日経報道から生じる小さな違和感の2つの理由

まず、報道の生じさせる違和感の理由は、(A)従来の法務像から繰り広げられるストーリーラインと(B) 上記の折れ線グラフ(150%増と見出しをつけた「求人数」ではなく「求人倍率(*)」のグラフ)のミスマッチ、の双方にあると思われます。  (*)求人倍率 = 求職者(仕事を探している人)1人あたり何件の求人があるかを示すものである。

①日経のやや強引なストーリーライン

記事の構造を分析すると、記事は、細部で重要な最新情報を紹介する一方で、全体的には「わかりやすい」ストーリーラインが敷かれています。

そのレールの上に、フィンテックや自動運転などに触れて「旬」な会社のインタビューが散りばめられている構造です。

まず、日経記事は、従来の法務を紹介します。

『地味で目立たない』『契約書作成…従来業務』『裏方』

いったん、法務部門を「従来のもの」(陰性的なイメージ)として、ラベリングします。その後、「フィンテック」「自動運転」など大手人材会社や一部の先進的な企業の発言(陽性的なイメージ)を紹介した上で、「何らかの変化」が生じていることを示唆します。

『経営戦略を立てる…新たな仕事の需要』『裏方から経営の前線』

日経が導いた回答は、『新しい領域に進出『経営戦略を立てる法務という新しい役割』=「求人の急増加」の要因との示唆です。この日経説に対する疑問については次の章で述べます。

②150%増の求人数と求人倍率が混在している

第2に、日経報道のグラフが「求人倍率」のみを示す折れ線グラフを示していることも、あまり適切ではありません。日経報道が示すべきであったのは、第1にピュアな「求人案件数」の折れ線、第2に、1と併せて「求職者数」の折れ線であり、求人倍率は第3の折れ線で示す必要があったと思われます。

  • 例えば、業績の悪化した複数のメーカーが同時期に大量に法務部門を整理縮小した場合、一時的にマーケットには法務系の求職者が増えるため、求人倍率は低くなります。その後、徐々に求職者が吸収されることで、求人倍率は増加に転じる、ということも生じえます。その意味で、日経記事のグラフは、最も適したグラフとはいえませんでした。

グローバル化・デジタル化により、経営・事業をとりまく法務リスクが高度化・複雑化していることが法務求人ニーズの単純な高まりの要因ととらえるべき

今の求人増加は単純な増員ではないかという疑義

たしかに、「新しいビジネス」「新しい事業」「新しい部門」「新しい子会社(M&Aで買ってきたなど)」を背景に、法務部のキャパシティ不足からヘッドカウントを増やして採用することはよくあります。

しかし、必ずしも「新しい役割」の法務部員が増員されているのでありません。単に、10人を12人に増やすような、「従来の役割」を持った法務部員の純増が大多数と考えるのが自然です。なぜなら、法務部門に、急遽「経営の前線担当」の役職(新しい役割専門の職)を作るために新規採用するわけではないからです。役割の変化自体は、必ずしも新規採用を直接生みだす関係にはないというのが一人の組織内弁護士としての素直な感覚です。

ガーディアン機能からパートナー機能の法務機能の拡大は全体的なものであり、「新規採用者」個人の採用により実現されるものではない

むしろ、「従来の役割」(下記に述べるガーディアン機能)の「忘れられていたパートナー機能」(*)への拡大は、増員された者の特別職として課せられるものではなく、既存の法務部門の全員に課せられるものです。

  • (*) パートナー機能、下記参照。「新しい役割」という表現は個人的に疑問であり、「忘れられていた」と表現します。なぜなら、元来、法務部門は、事業部のパートナーであるべきだからです。

それどころか、「パートナー機能」の実装の必要性自体が(一部の先進的な日本企業を除いて)米国に比べて認識すらされていない状態というのが正確だと思います。

したがって、経営を最大化するパートナー機能の拡大・浸透が求人数の増加の要因と考えるのは早計です。

「新規事業」=「法務部門の増員」という図式も疑問

なぜなら、新規事業は何も2012年以降に急増したわけでもなく、これまでも企業は生き残りをかけて新規事業領域へ進出し、イノベーティブで競争力のある新製品・新サービスを生み出してきましたが、法務求人倍率が増加した2015年以降に、日本企業の新規事業・イノベーションが急激に増加したというデータに接したことがありません。

  1. 企業は、グローバル化・デジタル化を受けて、既存の事業サイクルが早まり、かつてない厳しい競争環境に置かれています(その中でより迅速かつ正確な経営判断が求められています)
  2. このような、経営を取り巻く法務リスクの複雑化こそが、「従来の事業」を継続していても、より精強な法務部門を求める理由となっていると考えるのが現状に近い気がします。
  3. 言い換えれば、10年同じ事業ドメインを守っていても、この10年間で、そのドメイン自体(規制、取引等)の法務リスクが複雑化しており、法務の増員(法務畑の専門家採用)が必要という状態になっています。

小括:パートナー機能拡大に起因する求人増加は全体のまだ一部分と見るべきではないか

以上の通り、日経記事は、法務の「忘れられていた機能」(パートナー機能)の拡大を指摘する点で正確かつ有意義ですが、この「パートナー機能の拡大」「新規事業」の2つを「法務求人ニーズの急増」の主な要因と据えた点で誤っていると考えます。

因果関係自体は否定できませんが、「パートナー機能の拡大」「新規事業」は求人の主な要因とするのは早計と考えます。

補論:人材紹介会社コメントはポジショントーク

記事でコメントをしている人材紹介会社の発言にも合理的な限度で懐疑的になるべきです。なぜなら、彼らは第三者ではなく、転職によりフィーを得る当事者です。「新しい役割」という言葉は(今の職場に満足できない)求職者には耳障りが良い言葉です。法務ニーズが単に「従来の役割」の「純増」ですと言ってはなんだか転職のやる気もおきませんので、一部の企業の事例を強調して、「今は経営に近い役割を求められています」というポジショントークをしているように受け取る余地があるかもしれません。

実際に、人材紹介会社による法律事務所の弁護士への転職勧誘トークも「経営判断ができる」というものが増えているそうですが、実態は、企業によって千差万別です。「パートナー機能」が実装されているかは経済産業省の報告書(下記)も参照に、どれくらいの頻度で経営陣から助言を直接求められているかなどを直接確認すべきです。

まとめ:パートナー機能は既に実装されているものではないし、求人にまで影響している段階ではない

結論から言うと、国際的競争力の観点から見た日本の法務部門「パートナー機能」の実装は、大きな難題でありながら、大多数の日本の法務部門は、「パートナー」足りうるための信認(経営の最大化に資するというポテンシャル)を経営陣から十分に獲得できておらず、ガーディアンに徹しているのが実情かもしれません。

記事には、経済産業省の「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」の調査結果(*)が引用されていますが、残念ながら、「ガーディアン機能」と「パートナー機能」の2機能の未実装を、危機感を持って指摘する報告書の趣旨を十二分に踏まえていません。

  • (*)日本の経済産業省は、企業の国際競争力を強化する観点から、平成30年1月から3月まで4回にわたり「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」(座長:名取先生)を開催し、日本企業の法務機能の在り方について報告書を取りまとめました。
  • 同報告書は手厳しく日本の法務部門の実像と課題を指摘しており、「ガーディアン」にすらなっていない法務部門があることの示唆以外にも、「ガーディアン」の役割を超えた「パートナー機能」を備えていない法務部門の存在も、日米の比較を通じて、明らかにしています。

記事の再構成の試み

私がもしこの記事を執筆した記者であれば、以上の考えを踏まえて、次のように記事の再構成を謙虚かつ敬意をもって提案いたします。

  1. 法務求人ニーズが急拡大している、なぜか要因を考える必要がある。
  2. データの分析(メモ:残された謎:2015年の求人倍率の跳ね上がり、求人数自体のデータ→ひまわり求人に問い合わせて見る予定
  3. 経済産業省の「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会」を手がかりに「ガーディアン機能」「パートナー機能」の2つの機能を紹介
  4. 従来「ガーディアン機能」のみが期待されていた。
  5. 一部企業では、「パートナー機能」も果たす法務部門。
  6. しかし、「パートナー機能」の拡大自体はまだ萌芽状態であり、直接、求人を押し上げているとは考えにくい
  7. 真の要因:
    1. 法務リスクの複雑化による高度な法務部門の実装・内製化ニーズが主因
    2. しかし、これは「ガーディアン機能」の単なる増員にすぎず、「パートナー機能」の拡大ととらえるのは早急
  8. 今後、日本企業が国際的競争力を求めていくには、一部の先進的な日本企業が実装しているように「パートナー機能」を既存の法務部門の構成員に浸透させることが必要。
  9. この実装は、CEOの信認が条件という点で、ボトムアップではなしえない、トップダウンの改革とならざるを得ない。そうだとすると、法務部門の強化・改革を担う者、すなわち、「ガーディアン機能」「パートナー機能」の2つの機能を、CEOの信認を得て、トップダウンで実装できる専門家(人事畑ではなく法律の専門家[本稿では弁護士に限る趣旨ではない])かつ役員の内外部からの登用・昇進が鍵となる。
  10. 但し、この実装についてはまだ誰も完璧な答えを持ち合わせておらず、2019年にはより日本の関係者で議論が深化すると思われる。

(了)

※記事に関しては個人の見解であり、所属する組織・団体の見解でありません。なお、誤植、ご意見やご質問などがございましたらお知らせいただければ幸甚です(メールフォーム)。


補記:頂戴した貴重なご意見・インプット

1. 私もデータを都合のいいパズルのピースのように使う記事を読むと残念な気持ちになります。「他の職種」の求人動向との比較もしないと、特別に伸びているのかはわかりません。また、業界や企業の規模感による特異な事情があるかもしれません(元々、パイが小さいのでビッグプレイヤーの動きが全体傾向にすぐ反映されてしまうことが挙げられます)。

2. 英語力が要件となる法務求人は増えていて、法務でも、ポジションによって提示する給与額も上がっているというのが肌感覚ですが、これは、ここ3年くらい日本企業が本当に海外に出ないとまずいと覚悟が決まってきたことにあるのかなと思っています。

3. 自分が法律事務所で担当する事件に関してメディアの報道に接して、どれくらい不十分な情報に基づいて呆れるほど適当なことが書かれるか、というのが身に染みるにつけ、The Informationみたいなメディアが日本からも出て欲しいです。

4. 日本企業も70, 80年代にアメリカにガンガン進出していた時はアメリカの最高裁まで戦ってルールメイキングをしていましたし、今でもトップティアの自動車会社は強力なロビイングをしているので、経営陣が法務や渉外を武器にすると決めればやれるはずと思っています。

外資系法律事務所の弁護士の同期

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